誇張のないオタクの描写が刺さる人には刺さる、映画「あの頃。」のレビューです。


※この記事にストーリーの重大なネタバレは含まれていません。




現代社会では多くの人が自分だけの趣味を持っていて、そのために日々の労働を頑張っているという人も少なくありません。我々のようなアイドル鑑賞を趣味にしている人間は「アイドルオタク」なんて呼ばれたりもしますね。

しかし、全ての趣味を持つ人が「オタク」と呼ばれているわけではありません。例えばスポーツに精力を注ぐ人たちを「スポーツオタク」なんて呼ぶことはほぼ皆無です。

ではその違いはどこにあるのか。元々の語源は「1970年代に生まれたアニメ・漫画等のポップカルチャー愛好家の総称」とされていますが、現状「オタク」という言葉がその枠を超えて使用されているのは明らかです。

ちなみに私は周囲に自分の趣味嗜好を理解されているか否かが「オタク」とそれ以外を分ける基準であると感じています。以前に比べれば侮蔑の目は減ってきたとはいえ、今でもアイドルオタクを自称すると一歩引いた対応をされることはざらです。データに基づいた根拠を示すことは難しいですが、先ほど挙げたようなスポーツ等の趣味とは明らかに社会からの評価が違うのです。

だからと言ってその目を嫌い自分の趣味をひた隠しにする人間は「オタク」とは呼ばれません。「オタク」という存在は周囲から決定されるものでありながら、本人の承認があって初めて成立するのです。自らがオタクであることを認める人間は少なからず他者に認められない趣味を持っていることを寧ろ誇りに思っている部分があるのでしょう。

今回はそんなオタクが主人公の映画「あの頃。」を見て感じたことを書き綴っていきたいと思います。この映画については以前紹介していますのでまだ見ていない方はぜひ。








詳しく書いていく前に一言でこの映画を表すなら「大衆受けはしないが、刺さる人にはとことん刺さる映画」だと思います。普段アイドルのライブ以外で全く泣かない私がラストのシーンでは泣いていましたから、これは間違いないと思います。

それだけ感動していながら前置きに「大衆受けしない」と書いたのは、テーマ選びが非常にニッチだからです。予告ではハロプロ(特にあやや)の存在を前面に押し出していて、確かに挿入歌として多く登場するのです。しかし、主題はあくまでもオタクの日常であり、作品全体の雰囲気は非常に男臭いものです。下ネタや下衆な会話が当たり前のように飛び交う環境は先に書いたような多くの他人に理解されないものであります。

ただし、これはオタクの現実をリアルに描写していることの裏返しでもあります。例えば主人公たちが出会ったオタクの職業はミュージシャンにサラリーマン、自営業に無職と非常に幅広いのです。また、性格も温厚な性格や適当な性格、内弁慶な性格など様々です。普段は全く違うバックグラウンドを持つ人間たちが、アイドルという共通の趣味を楽しむ時間だけは共に過ごすのです。好きな曲が流れたとたん小競り合いをやめて全員で歌いだすシーンはこれを象徴しているようでした。

私にも乃木坂を通じて知り合った友達がいます。同年代でありながら生まれも育ちも身分も違う私たちを友達にしたきっかけは間違いなくアイドルの存在です。この関係は他に例が思いつかない不思議な関係だと思います。互いに出会うまでの人生を全く知らないにもかかわらず、間違いなく強い縁で結ばれた友人なのです。この一風変わった関係がうまく表現されていたことでストーリーにスッと感情移入できました。

前半ではこのようなアイドルオタクの日常を描写するシーンが続き、後半に入ると時間が経過しハロプロから少し距離を置いたそれぞれの日常が描かれるようになります。タイトルである「あの頃。」は後半シーンから見た前半シーンを表しているのです。

ネタバレ防止のため詳しくは書きませんが、「それぞれの人生の中で少しずつハロプロとおなじくらい大切なものを見つけて(公式サイトより引用)」仲間たちは少しずつ離れ離れになっていきます。以前のブログでも書いたように、私は人が趣味から離れるのは何か急なきっかけが起こる時ではなく、日常の中から徐々に趣味の時間が消えていく時だと思っています。先ほどの状況設定も相まって将来の自分を見ているようでした。

登場人物それぞれの将来の中には当然望ましくないものもあります。しかし、決して湿っぽい雰囲気にはならず常に現状を楽しもうとしている姿が印象的でした。前半パートで主人公が感じた「何かに夢中になった経験は人生をポジティブに生きる力に変わる」という教訓が、ハロプロから距離ができた後半パートにも表れているようでした。

一般にアイドルオタクというと、前半パートで描かれているような周囲の目を気にせず推しにアピールするような姿を想像するでしょう。確かにそれは紛れもなくアイドルオタクの一面ですが、彼らも人間ですから人としてそれ以外の面も持ち合わせているわけです。そして、アイドルを応援する一面がそれ以外の面にどれだけ影響を与えているかはオタクにしかわからないでしょう。この点に共感できるか否かで作品全体の評価が大きく変わってきそうです。

ここまで作品の良かった点を並べてきましたが、当然気になった点もありました。

まず、展開上仲間一人一人の嗜好を掘り下げるのは難しいとしても、中心になる人物についてはもう少し掘り下げてほしいと思いました。ここが不十分だったために終盤のシーンにやや唐突に思える部分がありました。仲間同士でも同じ人を応援しているわけではない、という部分がリアルに再現されているだけにここもこだわりが欲しかったですね。

また、前半パートの終盤に起こる不思議な出来事について最後まで説明がないまま終わったのも消化不良でした。前半パートにおけるクライマックスの入りになるシーンが謎のまま終わるというのはいかがなものでしょうか。

不満点もあったとはいえ、全体としては同じ趣味を持つ仲間を持ったことがある人にはお勧めしたい映画でした。誇張のない描写がされているため没入しやすく、良い意味で感情を大きく揺さぶられます。特にコズミン役を演じられていた俳優さんの演技には感動しました。

以上今回は映画「あの頃。」を観ての感想でした。これは鑑賞後に知ったことですが、この作品はハロオタの音楽プロデューサーが書いた自伝が原作になっているそうですね。我々がアイドルという文化に抱く感情を素敵な作品にできる才能が心の底から羨ましいです。

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