「Maxとき」運用終了に、コロナ時代への向き合い方を考え直しています。


もう八月も後半に入ってしまいました。いつも言っていることですが、本当に時が過ぎる早さは異常ですね。このまま無為に大学を卒業し、就職し、どんどん年を取って死んでいくのかと思うと悲しくなってきます。笑

この時期というと、世間はお盆を終えてまた日常の生活を始めるタイミングでしょうか。一方大学生の私はようやく大量のレポートを書き終え、いよいよ1か月半の夏休みに入ります。大学生の夏休みといえばサークルに遊び三昧というイメージですが、今年もそうはいかなそうです。




緊急事態宣言の延長と発令地域の拡大が発表されました。私の住む兵庫県も新たに宣言の地域に入ることになり、数少ない趣味の一つであるカラオケをまたしばらく奪われることになりそうです。悲しいことは間違いありませんが、こればかりは誰のせいでもありませんからまたしばしの我慢ですね。

このようなご時世でもライブのような絶対的な目的があれば日本中を飛び回るのですが、いくら社会的責任の少ない大学生とはいえただの観光はしづらいのが正直なところです。山ほどある行きたい場所やそこでやりたいことを自粛しなければいけないもどかしさの一つを、今日はここに書き連ねようと思います。今日は終始駄話なので短めで終わると思います。笑

まずはあるアイドルの曲を一曲聞いていただきたいと思います。



【MV】Maxとき315号 Short ver./ NGT48[公式]




新潟を拠点とする48グループ、NGT48の「Maxとき315号」です。雪国新潟が印象に強く残るこのMV、歌詞もそんな情景と強く結びついたものになっています。

一度でも地元から出たことのある人なら共感してもらえると思いますが、自分の住んできた街は自分のアイデンティティの一つになっていると私は感じています。私の地元は山と海に挟まれた気候の穏やかな街で、人は多すぎず少なすぎずでそれなりにいる地域でした。 言ってしまえばいろいろな面で日本の平均くらいで、バランスの良い環境に身を置いていたのだと思います。上手く言葉では言い表せませんが、もしもっと人の多い大都会や閑散としたド田舎、または豪雪地帯や南国に住んでいれば今の私とはまた違った成長をしていたことは間違いないでしょう。

「私が生まれ育ったすべてを知って欲しい」や「一番大事な人を連れて帰ること出会ったあの夜約束した」という歌詞からは、自分という人間がいかに育った場所と深く関係しているかということが伝わってきますね。直接的な表現ではありませんが、故郷を想う気持ちが強く伝わり私にとって共感できる歌詞です。

そこに真新しさはなくともどこか温かみのあるメロディーが加わることで、この曲は唯一無二の存在感を醸し出すグループの代表曲になりました。地域に根差したグループだからできる楽曲を聞いて、私も一度は新潟を訪れてみたいと思ったものです。

また、この曲が発売された2016年は欅坂の「サイレントマジョリティー」が発売された年でもありました。決してこの曲が悪いというわけではありません(というか2016年はこの曲の年といって良いほど評価された曲でした)が、どこか前衛的な雰囲気を持った一曲でした。それだけに、悪く言えば新鮮味のないこの曲の魅力に改めて気づいた人も多かったのでしょう。

NGTは例の一件があって以来どうもアイドルオタクに限らず好奇の目で見られることが増えたように感じます。内容を考えれば致し方のないことですが、一方でこのような他のグループにない良曲を持っているだけに私はもどかしく感じます。あの時のグループに戻ることはなくとも、同じ街で育った子たちによって歌い継がれてほしいと願うばかりです。

ところで今回私がこの曲を話題にあげたのは、他でもない「Maxとき」についてある話題を見かけたからです。そのためにはまずMaxときとは何者かを説明する必要があります。




「とき」とは東京新潟間を結ぶ上越新幹線の愛称であり、「Maxとき」はその中でも大量の人員を輸送できる2階建てタイプの新幹線に与えられる愛称のことです。東海道新幹線で言う「のぞみ」や「ひかり」のようなものと考えれば大丈夫です。

私は鉄道には全く詳しくないのですが、電車に乗ることは割と好きな方だと思っています。旅は移動時間から着いた後と同じくらい楽しんでいますし、それが普段乗らない特別な車両であれば尚更です。ですから、当然「Maxとき315号」を初めて聴いた当時からこの2階建て新幹線「Maxとき」にも乗ってみたいと考えていました。車窓から見える「最後のトンネルを抜ければ近づく美しいあの街」を是非一度この目で確かめたいと。

しかし、Maxときが今年の10月1日をもって定期運行を終了するというニュースが入ってきました。というより曲名にもなっている315号は既に2年ほど前に姿を消しており、Maxとき自体も本来ならば昨年には役目を終えているはずでした。まだ運用が続いているのはコロナの影響を受けて新型車の入れ替えが遅れたためであり、私が知ったタイミングは遅すぎたのでした。

もし平常時であれば、どのような方法を使ってでも私は今から新潟を訪れていたことでしょう。しかし、前述のような状況では目的のない旅行を行う事は憚られます。

アイドルオタクの常識に「推しは推せるときに推せ」というものがありますが、これは何もアイドルに限ったことではありません。当たり前にいつまでもあると思っていた全ての日常はいつの日か終わりを迎えますし、案外それは突然やってきます。行けるときに行く、やれるときにやるというのはとても大切なことだと改めて思わされた今回の一件でした。

また、日本にとって先の10年は東日本大震災からの復興に注力した期間でしたし、その前はリーマンショックに苦しんでいました。コロナほど全ての国民に否応なく影響を与える事象は珍しいとしても、私たちが想像するような「普通の期間」なんてものはほとんど存在しないのかもしれません。コロナを言い訳にせず、今できる範囲で積極的に活動しようという志を新たにしたのでした。



さて、今回は少し特殊な話でしたが、次回はノイミー関連の話題にしようと思っています。鈴木瞳美ちゃんのSHOWROOM紹介か、来月から始まるツアーの展望のどちらかになると思いますのでお楽しみに。

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